釣鐘草と小さな水仙.

 
 
ぐだぐだぐだぐだ…。
今日も今日とて己が如何に素晴らしいかという事を学園中に知らしめるべく、
一年い組の平滝夜叉丸は小さな岩の上に立ち演説をしていた。
 
入学してから数ヶ月。
初めは何だ何だと滝夜叉丸の話を聴きに寄って来ていた忍たま達も今や、
滝夜叉丸が演説を始めるとやれやれといった様子で四方八方へ散らばってしまう。
そんな様子には気付かず滝夜叉丸は
お気に入りなのだろう戦輪を右手人差し指でクルクル廻しながら誇らしげに、
その口を閉じる気は更々ないらしい。
 
 
なんて可笑しな奴だろう。
 
 
少し甲高い"自分自慢"を、木の幹に腰を下ろして聴いているのは三年ろ組の七松小平太。
最近やけに耳にする『滝夜叉丸』とやらを見てやろうと、
わざわざ一年の教室近くまで足を延ばしてみたのだ。
 
休み時間になるとグラウンドで飽きずにぐだぐだと喋りまくってる。
噂に聞いたそのままで面白い。
滝夜叉丸がグラウンドに向かって来るのを見つけると、
あからさまにいそいそとその場を離れて行く忍たま達も小平太には滑稽に映った。
どんな話を披露すればこれほど人に避けられるのかと聞き耳を立てて今に至るのだが…。
 
 
「ふぁぁ……」
 
 
滝夜叉丸は予想以上によく喋る。
おかげで暇潰しには困らないが、このままでは欠伸で顎が外れてしまいそうだ。
 
…声を掛けてみようか。
 
そう思い木の幹から飛び降りようと立ち上がったその時、
滝夜叉丸がふと演説を止めて岩からピョンと飛び下り走り去ってしまった。
その小さな背中を追い掛けようと地面に足を着けた小平太の耳に響いたのは始業の鐘。
 
なるほど、それで滝夜叉丸は話を止めて駆けていったという訳か…。
…今日のところはやめておこう。
また次の休み時間にとも考えたが、
三年生である小平太が一年生の教室近辺に何度も赴くとさすがに目立ってしまう。
 
それにそんなに気にする事でもないだろう。
あくまでも興味本位な暇潰し。
また気が向けば聴きに来ようじゃないかと息を吐き、
小平太は足早に三年の教室へ駆けて行った。
 
 
 
 * * *
 
 
 
それから数日。
毎日というワケではないが相も変わらず休み時間や放課後になると、
あの岩の上や開けた場所で声高々と喋り出す滝夜叉丸に、
それを毎度観察に来る小平太の姿があった。
 
初めは木の上でそれとなしに見ていた小平太だったが
数日後にはその木を背もたれにして眺めるようになり、
ある日の放課後には滝夜叉丸の正面に三角座りで陣取るようになって、
ついには声を掛けた。
 
 
「いつも凄いなぁ!滝夜叉丸!」
 
 
パチパチと手を叩きながら関心する小平太に、
まさか人が居るとは思わなかったのか驚いた様子を見せる滝夜叉丸。
しかしそれも束の間、
次には機嫌良くサラサラと自慢の前髪を下から撫で上げ「当然です」と返した。
 
そんな滝夜叉丸が小平太には更に面白く映り、
それはもう豪快に笑うと滝夜叉丸は目に見えて不機嫌になる。
ほとんど毎日飽きもせず自分自慢を繰り広げるだけあってのプライドの高さか。
 
い組の立花とどちらが高飛車だろうなどと小平太が思いを巡らせている隙に、
滝夜叉丸は小さな岩からやはりピョンと飛び下り両手を腰に当てて、
その吊り上がった目を更に吊り上げ小平太を睨みつけた。
 
 
「ご静聴には感謝いたします。
 しかしこの滝夜叉丸を笑いモノにするだなんて、いくら先輩でも許しがたい!」
 
 
立花より滝夜叉丸の方が上だ。
 
 
「悪い悪い。だって面白かったから」
「またしても!!?」
 
 
小平太の素直な一言は滝夜叉丸の逆鱗に触れてしまったらしい。
その小さな手を胸の前で意味もなく上下に降って怒りを露わにしている。
その様子がなんとなく可愛い。
ふと、小平太の両手が滝夜叉丸の胸に押し当てられた。
 
瞬間に「きゃっ」と、その身を跳ねた滝夜叉丸は
触れられた胸を守るようにして小平太から後退ってしまった。
 
 
「な、なな何をされるんです!」
 
 
そこまで離れなくてもというぐらい遠くからの抗議。
小平太はその声に向かって歩を進めながら「やっぱり男か〜」と笑ってみせたが
滝夜叉丸は「近づかないで下さい!」と逃げ出した。
 
 
おかしな先輩に捕まってしまった!
 
 
「待てー!」
「何故追い掛けて来るんですか!」
「逃げられたら追わねば!」
「何ですかそれー!」
 
 
一年生にしては長身の滝夜叉丸と言えど相手は三年生。
歩幅にスピード。
あっという間にその間合いは詰められ、
仕舞には後ろから思い切り抱きすくめられてしまった。
 
全速力の最中に突然後ろから体重を掛けられた勢いで前のめりに転ぶ、
寸前で滝夜叉丸の視界は一転し、仰向けに空が見えた。
 
 
「あはは、転んでしまったな!」
 
 
状況がわからずただ空が赤いなと感じたところに、
頭の上の方からあの豪快な笑い声が聞こえる。
 
 
「なっ、えっ…?えぇっ!?」
 
 
認識した。
 
 
滝夜叉丸が前のめりに転ぶ瞬間、
小平太は滝夜叉丸を抱えたまま地面に背を向け倒れたのだ。 
 
 
「す、すいません…!」
「ははっ暴れるな、サラサラしてくすぐったい!」
 
 
先輩を下敷きにしていることに動揺した滝夜叉丸が首を左右へ振ると、
その髪も揺れて小平太の鼻先を細かく掠めた。
滝夜叉丸としては早く先輩の上から退散したいのだが、
がっちりと抱き締められ身動きが取れない。
 
両手足の自由はかろうじて利くのでなんとか抜け出そうと足掻いてみるが、
当の小平太は自分の腕の中で小さく暴れる滝夜叉丸を笑って更に力を込めた。
小平太にしてみれば軽いスキンシップのつもりなのだが、滝夜叉丸にしてみれば、
これ以上抵抗すると怪我をするぞと言われているように思えて怖くなり、
その抵抗は終わった。
 
 
「赤いな!」
「僭越ですが主語を下さいませんか」
「空!」
「…赤いですね……」
 
 
この2つ上の先輩はまるで自分よりも子供のようだと溜め息を吐くと、
小平太はまた笑い声を上げた。
 
何がそんなに楽しいのだろう。
 
 
「ほら見ろ滝夜叉丸、雲も赤くて綺麗だぞ」
「私には及びませんけどね!」
「そうか?俺は空の方が綺麗だと思う」
「私の方が綺麗です!」
「空だ!」
「私です!」
 
 
それからしばらく「空!」「私!」という応酬が続いていたが、
ついにはムキになりすぎ泣き出してしまった滝夜叉丸によって終止符が打たれた。
 
まさか相手が泣き出すとは思いもしなかった小平太は、
下級生を泣かせてしまった罪悪感に少し戸惑いながらようやく身体を起こし、
嗚咽を交えながらもまだ
「私の方が綺麗です」と主張し続ける滝夜叉丸の顔が見えるように抱え直して
その泣き顔をジッと見つめた。
 
おおよその人がそうするものだと思っていたのだが、
しかし滝夜叉丸は自分の泣き顔を隠そうともせず泣き腫れた大きな瞳で小平太を見つめ返し
「何ですか…?」と頭に疑問符を浮かべている。
 
 
「綺麗だ」
 
 
そんな小平太の言葉に、
先程の事もあり滝夜叉丸は不機嫌な表情と音で「空がですか」と漏らす。
 
 
「滝夜叉丸が」
 
 
よしよしと頭を撫でられた滝夜叉丸は小平太の急な変化を気に留めることなく
「そうでしょうとも!」と涙を拭って言い放った。
 
 
「ようやくわかって頂けたようで何よりです!
 やはりこの滝夜叉丸の魅力が茜空に劣るなどありえませんからね!」
「んー…今は空のが綺麗だ」
「何故!」
 
 
小平太の膝の上でまたもジタバタと喚き始めた滝夜叉丸だったが、
やはり抱き締められて抑圧されてしまう。
 
 
「滝夜叉丸はかわいいなぁ」
「賞賛は当然ですが苦しいです先輩」
「俺は温かい!」
「私は暑いですよ!」
「やはり夕刻ともなると寒いからな」
「私で暖を取らないでください!暑いです!」
 
 
春先と言えどまだまだ風が冷たい。
小平太よりも子供体温な滝夜叉丸はまるでカイロ扱いだ。
 
 
「明日もやるのか?」
 
 
滝夜叉丸の髪に何度も指を通しながら小平太が聞く。
しかしまたも主語が見当たらないので問われた滝夜叉丸は顔を上げて
「何をですか」と問い返した。
 
すると小平太は突然立ち上がり、
その勢いで地面に投げ出され尻餅をついた滝夜叉丸の前で
何事かポーズを取りグダグダと語り出し、
切りのいいところで中断すると「ってヤツ」と、
着物に付いた土をパタパタと払っている滝夜叉丸に向き直った。
 
不服そうなそれの顔が小平太の目に映る。
 
 
「今のは何でしょう…?」
「いつものお前だ!」
「何ですって!?私はもっと優雅で気品に満ち溢れてますよ!」
 
 
そんな風にグッと爪先立ちになってまで一風変わった抗議をしてくる滝夜叉丸の頭を
ぐいぐい押さえつけながら小平太は返した。
 
 
「では完璧に再現出来るようになるまで見物に行くとする!」
「先輩に私のこの溢れ出る魅力が再現出来るとは思えません」
「頑張るぞ!」
「やめてください!」
 
 
真似のつもりか額に右手中指をスッと添え、
左手を腰に当てて斜に構える小平太に声を荒げる滝夜叉丸。
そんな反応に満足したのか小平太はまた笑って、滝夜叉丸の頭をポンと撫でた。
 
気付けば辺りはすっかり薄暗い。
 
 
「おっと、今日は夜間訓練だった」
「夜間訓練…」
 
 
昨日、は組が行ったと聞いた事が浮かんだ。
1年い組の夜間訓練はいつだろうか。
 
 
「あの、がんばってください」
「あぁ頑張るぞ!」
「それはがんばらないでください!」
 
 
先ほどのようにポーズを取る小平太をやめさせようと袖を掴む滝夜叉丸の行動は
無意味に終わった。
 
 
「ではな滝夜叉丸!」
 
 
滝夜叉丸が何か返事をする前に
小平太は「いけいけドンドーン」と叫びながら行ってしまった。
取り残された滝夜叉丸はしばらく呆然と、
小平太の姿が小さくなるのを見送っていたがハッと我に返り、
自分も長屋に戻ろうと歩を進める。
 
 
「そういえば名前をお聞きするのを忘れていた…」
 
 
制服の色から2つ上だという事はわかるがそれだけだ。
 
その晩。
滝夜叉丸は今日出会ったおかしな先輩の名が気になりなかなか寝付けなかったのだが、
翌日の委員会決めのくじ引きで体育委員会を引き当て、
それ以降その名を嫌と言うほど叫ぶことになるのである。






               了.















▼戯言
三年生小平太と一年生滝夜叉丸の話でした
これ「こへ滝の出会いが書きたい!」と思い立って、
出勤前や電車待ちに携帯でチマチマ打ってたんですよ
1000文字ほど打てるメモ帳がいっぱいになったらパソコンの方にファイル送信を繰り返し(笑)
行き当たりバッタリもいいところなので着地点が見つからず後半はグダグダですが
書きたい1年滝夜叉丸の7割ぐらいは書けたのでまずは満足!

ちなみにタイトルは花言葉から。
釣鐘草(カンパニュラ)の花言葉『うるさい』
水仙の花言葉『うぬぼれ』

六年と四年の二人なら成長してる分まだ考えますけど今回はこれで。