貴方が生きていた事の証明を 風と緑が舞う 隣に坐る君は微笑む 無常の幸福 木漏れ火 一歩歩みを進める度に、 未だ戦の跡を色濃く残す土や砂利が音を立てる。 だが それ以外の物音は無く、ひっそりと静まり返っている。 じゃりを踏んでいる感触と音を噛み締めながら、 一歩、また一歩と歩く。 曖昧な記憶を元に歩き続ける。 まだ3年しか経っていないというのに、 殆ど土地勘の無かったこの地の記憶は薄れ、 霞の向こう側の様にしか思えない。 かさっ、と言う物音と共に、 一匹の茶色と白の入り混じった毛色の猫が眼前に現れた。 ほんの一瞬視線が交わったかと思うと、すっと猫は走り去る。 何処か憮然とした気分でその方向に目をやり、 脳裏にあの情景が重なる。 自然と歩く早さが早まる。 所々欠けているが、それなりにしっかりした石段の前に立つ。 一段. また一段と登り、徐々に記憶に残る神社が姿を見せる。 風がそよぐ。 緑に覆われ、 涼やかで、静かな世界がそこに拡がっている。 「よお」 境内に座り込み、木漏れ日を一身に浴びている幸村に、 片手を挙げて自分の存在を気付かせる。 無心にその木々の隙間から垣間見える太陽を見つめていた幸村が、 そっと此方に顔を向け、微笑む。 歩み寄り、彼の隣に腰を掛ける。 春も終わり、夏の気配が刻々と近づく今日。 風が少し強めだが、それが心地好い。 幸村の長く結っている髪も、自分の肩に掛かる長めの髪も風に舞う。 舞い散る緑の葉の如く。 「静かで良い所だな」 こくりと幸村が頷き、 木漏れ日を浴び、目を閉じる。 その表情が大人びていて、とても綺麗だと感じた。 そっと手を伸ばし、触れたいと言う欲求に駆られる。 けれど、 それをしてはならないと本能が告げる。 「一人がこんなに辛いもんだとは思わなかったぜ」 幸村が閉じていた目をそっと此方に向ける。 真剣な眼差しが注がれる。 「馬鹿みてぇに一人で生きてきたのにな」 強い風が吹き、緑の葉を舞わせて行く。 葉が二人に舞い散る。 「俺をこんなにしたのはてめぇだ」 幸村はきょとんとした表情で此方を見ている。 さも、俺がこんな事を言うのは意外だと言いたげだ。 「よく覚えとけ」 幸村は一瞬と惑う様な表情をしたが、 そっと頷いた。 その表情に軽く俺は幸せを覚え、微笑む。 砂利を踏む音が聴こえ、其処に町民の少女が貧相だが沢山の花を抱え現れる。 彼女は此方に気が付いたのか、笑顔で会釈し、 自分達の前を通り過ぎ、 小さな石碑の前にその花を供え、手を合わせ目を閉じる。 一分程そうしていただろうか、 彼女は立ち上がり、再び俺達の前を通り過ぎる。 その際にも彼女は礼儀正しく会釈をして去って行った。 また静寂が神社内に生まれる。 幸村がじっとその小さな石碑を見つめている。 「あの子の表情見たか」 幸村が何処か寂しげな表情で此方に顔を向ける。 「よっぽど大事に思われてるんだぜ」 何か言いたげに幸村は口を開こうとするが、 それを制して話を続ける。 「戦が終わって、民は笑顔になり始めた…」 そっと小さな石碑に目をやる。 其処には、彼女が供えた花以外にも沢山の物も供えられていた。 「でも誰もそうなった経緯、犠牲を忘れちゃいねぇ」 幸村の頬を一筋の涙が伝う。 「少なくとも俺も、この大阪の人間もお前を忘れねぇ…」 強い風が幸村の髪を乱す。 伝う涙を拭おうと手を伸ばす。 けれど、 触れることは叶わず、 胸に突き刺さる様な痛みが走る。 「だから…」 強い風が大量の葉を降らせる。 咄嗟に目を閉じ、 風が止むのを待つ。 軽い予感を覚えながら、ゆっくりとその目を開ける。 案の定其処に幸村の姿は無い。 五月七日。 真田幸村は死んだ。 伊達軍が陣を張っていた、丁度裏手に当たる此処で。 木の根元に座り込み、ゆっくり目を閉じたと言う。 自分の鉄砲隊が全滅させられたと聴き、駆け付けたが、 其処に彼の姿は無かった。 ただ、彼が駆けた方角に赤い焔が見えたような気がした。 それから数刻後に、彼は死んだ。 彼が死ぬ事は分かっていた。 互いに敵対する事も理解していた。 最後に彼を見たのはいつだっただろうか。 赤い焔はそっとこの世から消えた。 人々の心に、脳裏にその武勇を刻み付けて。 「良いとこ取りじゃねえか幸村」 立ち上がろとした刹那、金属が落ちる音がした。 そっと、それを拾い上げる。 永楽通宝だろうか、 錆び付いている上に欠けていて、いまいち原型を留めていない。 ふと、 彼の笑顔が脳裏を掠める。 「そう言えばいつもじゃらじゃら五月蝿かったな…」 そっと握り締め、目を閉じる。 木漏れ日が心地良い。 そっと歩き出す。 石段の前に立ち、振り返る。 境内にはもう何も無い。 誰もいない。 一段. また一段と石段を降りる。 一人の青年が先程の少女と同じ様に花を抱え、すれ違う。 彼の背中を見送り、そっと微笑む。 いつかあの小さな石碑は、大きなものとなるだろう。 そして、永い時を経てもなお、 彼の名は語り継がれるだろう。 歩き出す。 自分を待っている土地へ帰る為に。 歩き出す。 いつか、 幸村に逢う場所に行く為に。 時間の果てできっとまた逢える。 そしたら伝えよう。 「笑え」と。
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相棒こと蒼さん宅でフリー配布されていたダテサナSS。 これが上げられる前日に貰ったサスコ小説と対になっている話です! サスコで興奮した後にこのSSですよ…! とんでもないコンボに動機息切れが治まりませんでした。 本当に毎度いろいろとありがとうございます!足向けて寝れない…(笑) |