まるで太陽のような人だった まるで風のような人だった 夏草と雨 政宗殿が太陽の様に笑っておられる。 今だかつて彼のあのような笑顔を見たことが無い。 初めは真田幸村につられてかとも思ったが、 それが見抜けぬ程自分は政宗を知らない訳ではない。 あの方は心から笑っておられる。 「自分が手塩をかけて育てた伊達政宗があぁも笑ってるのを見ると複雑かい?」 隣で同じ様に自分の主を見ていた忍びが、揶揄するように言う。 「そう言う貴方も子を見送る母の様な顔をしていますよ。」 この忍びの言う事は正しい。 複雑だ。 政宗の幸せを誰よりも願っていたと自負するし、 彼が変わっていくのを見守って行く事こそ我が使命だと思っている。 けれど、 今真田幸村と笑っている政宗殿は、 自分が知っている深く重い影を背負った彼とは一片たりとも重ならない。 「母にはなりたくないけどね…」 そう呟きながら彼らを見つめる忍びの目は穏やかで、 とても好感が持てるものだった。 「肩の荷が降りて清々しますよ」 そう言い放つと私は立ち上がり、 思いっきり間延びする。 そして、深く息を吸い込み、 吐き出す。 「おやおや…」 忍びが穏やかな笑みを此方に向けている。 もう一度政宗達の方を見やるが、 何が楽しいのか、先程から飽きもせず話し続けている。 「さて…」 軽くその二人に笑みを向け、忍びの方を向き直る。 「私達はここに居ちゃお邪魔でしょうから、何処か行きませんか?」 そっと、まだ腰を下ろしている忍びに手を差し出す。 「ね?猿飛殿」 軽く目を見開いたが、すぐに猿飛殿の手が伸ばした手に重なる。 温かい手。 「佐助で良いですよ、小十郎さん」 彼の笑顔もまた爽やかで、太陽の様だと思った。 薄暗い帳がこの場を纏っている。 目に見えるものではない。 この場にいる各々が放つ哀惜の念やらが暗い帳を作り出しているのだ。 「おい、お前等…」 それを見かねたのか、政宗が機嫌悪そうに口を開く。 「いい加減にしろ」 手にしていた扇を叩きつける音が響き渡る。 「政宗殿…」 流石に見兼ねて制するが、「お前もだ」と一括されて終わった。 「大坂は俺等徳川側の勝ちだ。何か異論があるのか」 場がしんと静まり返る。 そんな事は誰もが分かっていると言いたげな空気が漂う。 けれど、誰もが政宗が本当に言いたい事が分かっているから何も言わないのだ。 そうだ。 徳川に付いた我等伊達軍は勝利したのだ。 喜んで当然。 こんな重苦しくなる必要など無いのだ。 「無いのなら、今後こんな雰囲気は無しだ。良いな」 政宗は立ち上がり、部屋を後にしようと戸へと歩き出す。 それでも、他の家臣は立ち上がろうとせず、 ただ、項垂れていた。 「小十郎」 襖に手を掛け、背を向けたまま政宗が自分の名を呼ぶ。 「特にお前だ」 そう言い放つと、襖はきつく閉ざされた。 5月に入った奥州の風は涼しく、とても過ごし易い。 風が髪を撫でる。 中庭の庭園の木陰に腰を下ろす。 此処が好きで何度も気持ちを落ち着けたい時には此処に来た。 それに彼等も此処が好きだったから。 「最後に此処に来たのはいつだったかな…」 そっと、頭上に生い茂る緑の葉を見つめる。 生き生きとした緑と所々に差し込む太陽の色合いが美しい。 少なくとも、彼等はこの緑を見てはいない。 「政宗殿、疲れておられる…」 先程の政宗の横顔は、 あぁも暴言を吐いておられたが、憔悴しきっていた。 目の下には濃く隈が出来ており、頬も僅かにだが痩せた様に見えた。 そして、 家臣にも兵にも、何処か遣り切れないと言った感が胸にしこりの様に残っている。 あの憔悴した政宗の表情を見た刹那、 浮かんだのは、 幸せそうに笑っている政宗の表情。 そして、それを作り出した真田幸村。 重責から解放され放心しそうな自分を支えてくれた、 猿飛佐助。 二人は、 戦火に散った。 大坂と言う互いの生地とは遠く離れた西の大地で。 大坂夏の陣は、 呆気無くも劇的に終わった。 真田幸村と言う、 時勢に逆らい、華々しく散った英雄の名を世に知らしめて。 いつからか、彼等との交流は途絶えていた。 武田の死後、豊臣に付いた真田と時勢の覇者徳川に組した伊達は敵同士と化した。 佐助はおろか、 真田幸村はそれ以後一度たりとも、此処を訪れてはいない。 文の一つすらない。 それでも、政宗は「おもしれぇ」と言い放ち、気にも留めなかった。 いや、本当は何かしら彼等に取り決めが合ったのかも知れない、 それは自分が知る所ではない。 では、自分はどうか。 真田軍で自分が親しくさせてもらっていたのは、 忍隊の長の猿飛佐助だ。 彼の何処か掴み所の無い性格が、考え過ぎな自分には受け入れやすく、 何より彼の境遇が自分と重なったからだろう。 互いに、大事に過ぎる程に自分の主を想っていた。 それは恋とか愛とかでは無い。 もっと深い情。 けれども、いつか手放さなければならない情愛。 互いに主へのその表現方法は違うけれど、根底は同じだった。 そして、それは佐助への好意へと繋がった。 さして逢った回数が多い訳ではない。 政宗と幸村が逢瀬した回数の半分も満たないだろう。 まして、自分達に肉体的な愛情が合ったわけではない。 それでは、慰め合いになる。 私達はそっと隣にいる事で、気持ちが落ち着いた。 「好き」と告げる事すらなかった。 そして、ただ無常に時間が流れた。 大坂で伊達軍は殆ど真田軍と刃を交えてはいない。 先陣の鉄砲隊を蹴散らした彼等は、 旋風の如く、私達にその勢いの余韻だけを残して、 遠くへと流れていった。 それから、そう時間も経たぬ内に幸村の死を伝令が伝えた。 どうしてだろうか、 その時、 あの猿飛佐助もこの世にいない事が分かった。 事実、その数刻後には真田軍の全滅を聞いた。 そして、それを隣で聞いていた政宗は動揺する自分とは対照的に、 ふっと笑って、 「帰るぞ」 と、だけ言った。 多くの血を流し、血に塗れた大地が終わる。 戦国が終わったのだ。 家康の勝ち戦だというのに、民が口上に上らせるのは真田隊の事ばかり。 この遠く離れた奥州ですら話は過大に脚色され伝わり始めている。 そして、そんな話を聴く度に胸が痛む。 「片倉殿」 ぼんやりとしていた自分の名を呼ぶ声に、現実に呼び戻される。 「どうしました?」 下級兵が息を切らして此方へ駆け寄る。 「さ、真田からの文が届けられました。」 「は?」 あまりに突拍子の無い事につい、顔を顰める。 今この空気の伊達軍に行う悪戯にしては度を過ぎている。 けれど、日頃から行いも良いこの下級兵が戯言を言うとも思えない。 「…文は今何処に…」 「は!今は政宗殿が手元に。片倉殿を呼べと仰せ付かって参りました。」 伊達が読み、私を呼んだのならば偽り事ではないのだろう。 軽く動揺を表しているのか、 立ち上がろうとした足は軽く震えている。 ふと、「その文の中に私宛の物はあったのか」と聞こうとしたが、 止めた。 浮かんだ飄々とした忍の顔を必死で掻き消し、 政宗の下へと歩き出す。 いつもの自分の歩く速度ではない位に速く。 ばっと、政宗の部屋の襖を開く。 例の文だろうか、下ろしていた視線を此方に向ける。 「座れ」 促されるままに政宗の前に座る。 じっと政宗の文に視線を注いでしまう。 「落ち延びる予定だった兵に渡してたらしい…」 政宗が呟くように言う。 「では、それは幸村殿からの…」 「あぁ…あの馬鹿からのだ」 そう言うと政宗は物悲しげに、けれども、 先程までの暗い帳を纏わない笑みを浮かべる。 「これはお前にだ…持っとけ」 政宗は一枚の文を渡す。 互いの手元に一枚ずつ。 何とも簡素な手紙。 「安心しろ。読んでねぇよ」 「別にそんな心配してませんよ」 「ま、後は好きにしな」 そう言われ、平伏し部屋を後にしようと立ち上がる。 「政宗殿…幸村殿からなんと…」 それは野暮な事だと思ったが、 どうしても知りたいと思ってしまった。 ほんの一瞬で、 政宗の心から影を消した彼の最期の言葉を知りたいと。 「何もねぇよ」 そう言うと、政宗は自身への文を此方へ見せるようにかざす。 其処には上辺に「政宗殿ゑ」と書かれ、あとの全てが白紙な紙でしかない文。 「素晴らしい方ですね…やはり」 「そうかぁ、ただの阿呆だろ」 「いえ、あの人は凄い方ですよ」 「…そうなのかもな」 もう一度頭を下げ、部屋を後にする。 既に外は薄く橙色に染まりかけている。 先程まで思い気持ちで腰を下ろしていた場所に、 再び腰を下ろす。 そっと、佐助からの文を手にする。 本来は文に使うような紙ではないそれの表面に、 薄く走り書きの様に、「片倉小十郎殿ゑ」と書かれている。 余程時間が無かったのか、 無論豊臣側に時間などありはしなかっただろう。 それでも、彼等はこの奥州へと文を送ろうと時間を割いたのだろう。 それが痛い。 目頭が熱くなるのを必死で抑える。 敵軍の人間が、敗れた相手の為に泣くのは最も最低の行為だ。 最大の侮蔑だ。 「佐助殿…」 そっと、折りたたまれた文を開く。 五、六行足らずの文章はすぐに読み終わり、 軽く息を吐く。 とても死を予期していた人間が書く文章ではなく、 簡素な内容。 大坂は暖かいだの、幸村が甘いもの欲しがって困るだの、 凡そ、あの戦国を終わらせたあの戦の目前に書かれたものとは思えない。 「やっぱり、貴方も最期まで貴方なのですね」 幸村も佐助も、 何処にいても彼等のままだったのだ。 死ぬ事を知り取り乱すのでもなく、逃げるのでもなく、強がるのでもなく。 ただ自分であり続けた。 そして、そんな彼等だから、 私も政宗も惹かれて行った。 だからこそ、その喪失感が重く、深く心を抉った。 もう一度、 手紙に視線を落とすと、下辺に何か書かれている事に気が付く。 本当に走り書きと言った様な字体。 其処に書かれている本当に一言に目を見開く。 「俺がいなくても泣くなよ」 なんて、気障な言葉。 どうして走り書きなのか、 人をからかいたいからなのか、 それとも、 本当に手紙を託す刹那、 どうしても伝えたいと思ってくれたからなのか。 それはもう分からない。 文にぽつりぽつりと染みが浮かんでくる。 いや、 私の涙が染みを作っていく。 ばっと、手紙をしまい止め処無く溢れる涙から引き離す。 「馬鹿だ…」 何が泣くなだ。 一人で勝手に死んで。 泣いて欲しくないなら、主より自分を選んでくれれば良かったのに。 今目の前に佐助がいたなら、 これまでの人生で誰にも見せたことの無いような表情で、 彼に罵声を浴びせるだろう。 何度も何度も何度も。 そして、 きっと告げる。 「…貴方が好きだって」 涙が頬を濡らす。 その時、強い、 本当に強い風が吹く。 目を瞑り、体を強張らせる。 そして、 そっと瞳を開ける。 涙は風で掻き消される。 いや、まるで温かな手で拭われたような気がした。 あの日、 自分が差し出した手を握り返した手のような温かさ。 「泣いてなんかいませんよ…」 ふっと笑う。 空を見上げると、 既に夕闇と化した空に、気が早い月が浮かんでいる。 その月にうっすらと照らされているかのように、 今まで気が付かなかった、1輪の小さな花が揺れている。 まるで佐助が笑っているかのようだ。 私の頬を撫でる風は何処へ向かい、何処で眠るのだろう。 そう考えて、止めた。 いつか自分が風になった時に分かる事だ。 そして、 その時、もう一度彼に逢える。 そう信じて、 私は生きていこう。 貴方達が作り、信じた戦無き世を。
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相棒こと蒼さんよりサスコ小説を貰ってしまいまし た!!!!(2回目の狂喜) これまた夜中に発狂しそうになったので代わりに日記にて叫びました。 死にネタってのは事前に聞いてたんですが やっぱり実際読むと「うわぁふあああ…(感激)」となりますね。 相棒ホントにありがとうナイスサスコ!また気が向いたらよろしくお願いしまs(殴) そしてフリー配布だったダテサナSSと対になっている素敵さ加減。 |