蒼様より。



触れた刹那に

それは伝わる





ハニー・カム





「馬鹿らしい。」

「とか、言って恥ずかしいんだろ。」

「別に恥ずかしくなど無い。」

「強がっちゃって毛利先生可愛い。」

「気持ち悪い事言うな。」



いや、

普通に恥ずかしいけれど。

人通りの多い夜の街道なのだから、

誰も自分達なんか見ている筈は無いと頭では理解できているが、

やはり目線が痛い様に感じる。



「長曾我部先生は恥ずかしくは無、い、ん、で、す、か?」



あからさま分かるように皮肉で言う。

けれど、隣の本人は嬉しそうに此方を見て手元に目をやる。



「全然。」



溜息を付吐くしかない。

自分もそっと手に目をやる。


固く繋がれた手は、

自分が離した位では解けそうに無い。


もう一度深く溜息を吐いた。







職員室の自分の机に戻るなり、

隣から声が掛けられる。

声の主は顔を見なくても分かる。



「賭けしないか。」



ただ意外な第二声につい隣に首を向けてしまった。

しまったと思ったが、

仕方なく椅子に腰を下ろし話を聴く事にする。



「賭けですか。」

「そ、真田の馬鹿の次の点数。」

「嫌ですよ。」

「あっ逃げるなよ。」

「別に逃げてません。」

「ならやろうぜ。」

「嫌ですよ。真田の点数など皆分かりきっていて賭けにならない。」

「俺はあいつが高得点取るに賭けるけどな」

「八百長か」

「人聞きの悪い事言うな」

「教科はなんだ」

「英語」



真田の英語の点数が悲惨だと言う事は、

彼に少しでも関わった人間なら分かる筈だ。

単に彼はどの教科も悲惨としか言い様が無いと言うだけの事だけれど。



「何を企んでいる…?」

「別に。」

「大体何を賭ければ良いんだ」

「簡単な事だ」

「?」



その時机の上に無造作に置いていた自分の左の掌に、

長曾我部が自らの手を重ねてきた。



「っ、やめろ!」



ほんの一瞬の事なのに、

触れた箇所が未だに熱を帯びているかのように熱い。

錯覚に過ぎないのだけれど。



「手繋いで俺とデートしろ」

「は?」

「お前が勝ったら何でも言う事きいてやるぜ。」



何か言い返そうとした時、

入り口の方から長曾我部を呼ぶ生徒の声が聴こえた。

「ちょっと行って来るわ」と行って彼は立ち上がる。

その背中を見送っている内に、

自分が彼に触れられた左手を守るように右手で覆っている事に気が付いた。

慌てて外すが、長曾我部に見られた事実に変わりは無い。


早急に鞄に荷物を詰め、

職員室を後にする。


横目で生徒と話し込んでいる長曾我部と目が合った様な気がしたが、

気のせいだと決め込んだ。







「何処行きたい。」

「帰りたい。」

「それじゃデートにならねぇだろが。それとも俺の家で良いなら…」

「お腹空いたので何処か美味しそうな所でお願いします。」



たとえメディア等で男色が取り上げられようとも、

実際に見た事がある人の方が少ないだろう。

時折自分達の手元に気が付いた人が興味深げに見ているのに気が付いた。

それになまじ長曾我部の顔が良いのだから、

人の興味を引くのも仕方が無い。



「離してやらねぇからな。」



押し黙っているのに気が付いたからか、

意地を張るように言った。



「もうどうにでもなれだ。」



そう言って、

彼に引かれるままに歩いた。







「毛利先生!!」



次の教室に移動しようと職員室を出ると、

同時に入ろうとした真田とぶつかりかけた。



「どうした」

「見て下さい!!」



いつも元気だなと思いつつ渡された紙に目をやる。



「よくやったな…」



と、だけ言って渡された紙を丁重に返した。

怪訝な顔で真田は首を傾げたが、

それに構わずにその場を離れた。



その背後で、

元気な声で「長曾我部先生―」と呼ぶ声が聴こえた。





「どんな手を使った。」

「負け惜しみは駄目だぜぇ毛利先生。」

「何故あんな点を真田が取れる」

「俺自身は何もしてねぇよ」

「?」



そう言うと、

長曾我部は丁度職員室前を通りかかった伊達を指差した。



「伊達が何か?」

「あいつが英語教えてるの見たんだよ」

「何だって伊達が…」



伊達は留年しているという事もあり、

あまり他の生徒とは関わっていなかったように思う。

ただし、成績に至っては非は無く、

英語に至っては常にトップクラスだ。



「テスト前の放課後に教室の前通りかかった時に見た。」

「あの伊達が…」

「それもいい雰囲気でな」



最後に言った言葉の意味は分からなかった。



「けれど、それはれっきとした八百長だろ。」

「逃げるのか毛利先生。」

「負けは負けだから仕方が無いだろ。」



子供の様にガッツポーズをした長曾我部が、

可愛いと思った自分が嫌いだ。







「なら、前今川が美味いって言ってた和食行こうぜ。」

「奢りならな」

「安月給を嘗めるなよ。」

「なら帰る。」

「デートは割り勘だろが。」

「…分かった。」



あくまでこれをデートと言い張るのが面白かった。



「あっ、でもデザートなら良いぜ」

「別に甘い物は好きではないが…」

「俺が好きなんだよ」

「はい、あーんとかはしないからな」

「…」



いきなり長曾我部が無言になった。

少し怪訝に顔見ると、

口元に空いた手を当てていた。



「どうした…」

「いや、想像したらヤバイ位可愛かった…」



それはもう、

冷たい目線で長曾我部を見た。




「あの店ってもう一個向こうの駅だわ。」

「歩くか?」

「いや、電車の方が早い。」



そう言うと、

彼は器用に片手でポケットに入れていた小銭で切符を買った。

自分も買おうと鞄から財布を取り出そうとすると、

長曾我部はその買いたての切符を渡した。



「何で…」

「俺定期あるしな」



そう言うと自分は定期入れを取り出す。



「おっと」



定期券を落した刹那、

繋いだ手が解けた。


けれど、長い時間繋がれていた為、容易にはその熱は消えない。

立ち上がり彼が再び手を差し出す前に、


長曾我部の手を握った。


一瞬彼の大きな手がびくりとしたが、

すぐに強く握り返された。

そして、何も言わず足早に歩き出した。



覗いた横顔がとても照れくさそうで、

愛しくなった。



「前の仕返しだ…」



そう言って、切符を改札に通した。

少し名残惜しかった。

もう一度穴の開いた切符を握り締めた。































▼戯言。


『星追いテニス野郎』より、2万打記念フリーSS。

チ カ ナ リ !
元親×元就ですよ!ああもう私、蒼さんのSS大好きなんですよ!
加えてチカナリ!しかも学園BASARAとくればもう最高ですね!
じれったいというか本当にほのぼのしてて微笑ましいです。可愛い恋愛。
これからも素敵チカナリ&ダテサナに期待します!
ありがとうございましたー!